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たかが色、されど色。

何だかんだいっても、自分は協調タイプだな。
そう思った出来事がある。
現在使用しているiPhoneケースについて書き記す為に商品画像を検索したのだが、そこに表示された画像が如何にも「協調タイプが好みそうな色」だったのだ。
厳密には、4色のうちの2色が協調タイプ好みであり、他の2色には恐らく見向きもしないだろうな、と。
私自身、購入時には二つの色で悩んでいる。
どちらもやわらかな配色で、コントラストは比較的少ない。
一方、残りの2色はメリハリがはっきりした配色で、正直「何故この色の組み合わせに?」と感じた私がいる。
この感覚こそが協調タイプそのもの。
あなたが決断タイプであれば、恐らく見向きもしないデザインだろうし、創造タイプであれば、寧ろメリハリの利いた配色を選ぶ気がする。
機能性に惹かれるならば、堅実タイプのあなたが興味を示す可能性もある。
いずれにせよ、現在私が使っているケースは典型的な協調タイプ向けのデザインだった訳だ。
尤も、購入当初は何処か違和感があり、日常的に使うことは殆ど無かった。
意外と機能的で、通勤時にもこれ一つで改札を通れる点が魅力的だったが、どうしても「あの色合い」を受け容れることが出来ず、自宅用のケースとして待機することが多かったのだ。
決して嫌いじゃないのに、何故?
自分でも疑問に感じることはあった。
その都度、「きっと自分には異質な色」と言い聞かせて、使わないケースを仕舞い込んだ。
その癖、気が向いた時には取り敢えず装着する。
装着するけど、すぐに取り外す。
そんなことの繰り返しだった。

あのケースに切り替えよう。
そう考えたのは、年末のことだ。
切っ掛けは幾つかある。
他のブログにも何度か書いたが、昨年末に手持ちのiPhoneが32GBになったこと。
容量が増えたことで、これまで同期出来なかった音楽ファイルも同期可能となったこと。
わざわざiPod touchを持ち歩くことが負担になってきたこと。
そして、ICカード用のポケットが魅力的に思えたこと。
仕事の場でiPhoneを使うならまだしも、私の場合は完全にプライベート用だ。
せいぜい移動中に音楽を聴くだけなら、iPhoneだけでいいじゃないか。
そこで、これまでパスケースに入れていたICカードを問題のケースに入れ、ついでにポイントカード(来店ポイントが付くタイプ)もカード用ポケットに放り込んだ。
真っ黒なiPhoneを装着した瞬間、何故だか「これでいいのだ」と呟く自分がいた。
回り道はしてしまったが、本来「この色」と行動と共にすべきだったのだ、と。
 
Happymori iPhone5S/5ケース Reason Ave. ダイアリータイプ

因みに、購入時に私が悩んだ「もう一つの色」とは水色。
その時は気付かなかったが、無意識のうちに「協調カラー」を欲していたのだろう。

 

御一人様、京セラドームへ。

そのメールは、移動中の地下鉄車内で確認した。
ファンクラブ経由で申し込み済の先行予約チケットの結果がiPhoneに届いた。
結果はどうあれ、冷静に受け止めよう…と心に決めていたものの、やはり不安は募る。
いっそのこと、自宅まで我慢しようか。
それとも、ここで確認しようか。
ほんの数秒悩んだものの、結局私は車内で確認することを選んだ。
恐る恐る開いたメール。
結果は「思わず涙ぐむ」ほど嬉しいものだった。
もしかしたら、最初で最後かもしれない。
来年の私はライブどころじゃないかもしれない。
そういった思いが強かったこともあり、とにかく嬉しかった。
誰かに伝えたかった。
ただ、伝えるべき友達は一人もなく(友達がいないからではなく、伝えたところで感動してくれる仲間がいないだけだ)、旦那にメールするのもはばかられた。
ということで、一人ハイテンションのまま自宅に戻ることとなった。
思えば去年の今頃、遣り切れない思いを旦那にぶつけていたっけ。
今年は冷静に…と思っていたけど、やはり取り乱してしまったようだ。
何はともあれ、11月のライブに参戦することが決まった。
帰宅後すぐに振込の手続きも済ませたので、あとは正式な朗報(チケット)を待つのみだ。

ところで、基本私は一人で行動する。
友達と出かけることがないわけじゃないが、例えば映画や美術館等は一人でふらっと出かける方が気が楽だし、ライブとて大抵は一人。
同じアーティスト(アイドル)を応援する仲間がいないせいでもあるが、どうやら一人の方が気が楽なのだ。
これでも昔は友達を誘ってライブに行くことも多かったが、フュージョンを聴くようになってからは殆ど一人。
不思議に寂しいと思ったことはないし、自分の好きなものを相手(友達とか旦那とか)にわかって欲しいと思うこともなくなった。
というか、一度元彼を同伴した時に「興味のない人を誘うべきではない」と悟ったことが大きいのだけど。
話はそれてしまったが、そんな訳で最近の私は「御一人様」が多い。
流石に外食することは皆無に近いが、それ以外のことなら大抵一人で行動出来る。
格闘技観戦とて、本当に見たいものであれば一人で足を運ぶ。
ライブだって、自分一人で平気。
映画に至っては、見ている時の自分の動き(泣いたり、笑ったり)を悟られるぐらいなら一人の方が気楽だと本気で思っている。
これでも協調タイプなのに。

こういった傾向は子供の頃から強かったように思う。
秘密主義とまではいかないまでも、心の中を探られることは昔から苦手だったし、ある程度の年齢になったら「自分がどういった反応をしていたか」を見られることに苦痛を覚えるようになっていた。
自分が好きなもの、自分が感動したものを否定されたくない。
そういった気持ち(ある種の防衛本能)が他人を遠ざけてしまっているのだ。
かといって、全く心を開いていない訳ではない。
不幸にして、延々と私のコイバナ(無論、過去のだ)を聞かされた友人もいる。
ブレーキが外れてしまい、それこそ感情の制御が効かない私に振り回された仲間も多数いる。
けれど、好きな映画や音楽、美術等に関しては他人と共有することすら諦めているし、「人は人、自分は自分」と本気で思っている部分はある。
先天的には協調タイプなのに、後天的要素が絡んだ為に「協調タイプらしからぬ協調タイプ」になったと考えるのが妥当かもしれない。
事実、回りくどい表現だけを見たら「典型的な協調タイプ」。
ただ、多くの人がそうであるように、他のタイプの要素が微妙に絡み合うことで現在の私が形成されているのだ。
特に「あの色」。
意識的に取り入れることは少ないものの、やはり無意識のうちに欲している色なんだと自覚することは多々ある。
色んな意味で異端児の「御一人様」、京セラドームに乗り込む際は「あの色」を全身に取り入れるぐらいがちょうどいいかもしれない。

戯言など。

あるブログのコメント欄を見て、感じたことをあれこれ。
切っ掛けはあるタレントさんがテレビ番組で発した言動。
その言動そのものに問題があるとは思えないが、どうやらブログ主さんにすれば「枕を涙で濡らす程」ショックなものだったらしい。
(同じ番組を見ていた私からすれば、「何故?」と問い詰めたい気持ちになるが)
所詮テレビの世界、一タレントさんの言動など鵜呑みにしていないし、多少過激な言動があっても「テレビだからね」と割り切れるのだが、どうやら熱狂的なファンというのはそうではないらしい。
「寄ってたかって揶揄するなんてひどい」といった趣旨の発言がコメント欄を賑わし、中には「××さん(問題の発言をされた方)は言葉を選ぶべき」と発する人まで。
これに対し、やはり同様のことを思っていたブログ主さんも記事本文には書き記さなかった本音をポロリ。
第三者が見たら「???」な世界が展開されていた。
それにしても、何故ああいった捉え方を彼らはしたのだろうか。

彼らの不満は次の二つ。
一つは、××さんを良く知る人でありながら、××さんを否定するような言動をした点。
もう一つは、××さんのことを何も知らない癖に、一方的に××さんを否定するような言動をしていた点。
いずれも視聴者的には「ネタ」の一つに過ぎず、「そうか、××さんって駄目な人なんだ」と本気で思う人は少ないと思う。
というか、興味のない人にとってはどうでもいい話。
余程××さんが嫌いな人でない限りはさほど喰い付かないだろう。
けれど、彼らは噛み付いた。
厳密には「枕を涙で濡らした」のだ。
仮に決断タイプがメインの人であれば、そういった言動も笑い飛ばす気がする。
言いたい奴には言わせておけ、と。
創造タイプがメインであれば、逆に突っ込みを入れている気が。
そもそも問題のタレントさんの言動など本気にしていないしね。
一方、生真面目な堅実タイプにとっては屈辱的な言動かもしれない。
冷静に考えれば「単なるネタ」と割り切れそうにも思うが、自分が崇拝している人が揶揄されていること自体が許し難いと激昂しても不思議ではない。
では、メインが協調タイプだったらどうだろうか。
私はすっかり免疫がついたが、そもそも自分が好きな人(実生活での友達然り。大好きなタレントさん然り。)が悪く言われること自体が耐え難いことなのだ。
馬鹿にされることが嫌で、敢えてファンであることを隠し通す人も少なからずいるだろう。
傷つくことを恐れるあまり、自分と同じような傾向を持つファンの人とのみ交流をしている可能性も。
だとすれば、コメント欄が「涙で枕を濡らした」人で溢れていても不思議ではない。
そうか、協調タイプにとっては少し刺激の強い番組だったか。
かくいう私は「メイン:協調タイプ、サブ:決断タイプもしくは創造タイプ」のせいか、思い切り笑い飛ばしたクチである。

「匿名」という名の仮面を被る人々。(或いは抑圧された人格について)

意に反する発言を見ると、鬼の首を取った如く攻撃を加える人がいる。
流石に実生活においてはそうそうお見受けしないのだが、これがwebの世界となると話は別。
炎上とまでいかなくとも、よくぞそこまで言い放つことが出来るな…と呆れてしまうこともしばしば。
恐らく彼らの大半は「面と向かって、同じ発言をする」ことは出来ないだろう。
「匿名」と言う名の仮面があればこそ、それこそ好き勝手に自身の主張をぶつけられるというものだ。
時に感情的に、時に論理的に、相手をとことん追い詰めてもなお、攻撃の手を緩めない。
仮に相手が非を認めたとしても、誠意が足りないとほざくのが関の山。
まして相手が反論でもしようものなら、ここぞとばかりに持論を展開する。
何を言っても無駄…とスルーを決め込んでも、火に油を注ぐように「逃げるのか」と罵る。
「自分の考え」こそが常識と考える彼らにとって、それ以外の考え方は受け容れられないどころか糾弾すべきものなのだろう。
歪んだ正義感を振り回す姿は時に滑稽で、きっと抑圧された何かを抱えているのだろう…と勝手に推測してみる。
それでなくとも、思うように他人が動かないのが世の中というもの。
遣り切れない思いを吐き出す為に、過激な言動を繰り返すのかもしれない。
ところで、こういう過激屋さんというのは一部の熱狂的なアイドルヲタクにしか存在しないと思っていたが、残念ながらそうではないらしい。
日頃よりアイドルには興味のない人であっても、何らかの形で興味を持った人を勝手に偶像化し、そのイメージが崩れた途端「こんな人だとは思わなかった」「こんな言動をするなんて許せない」と喚き出したりする。
いや、これは実生活でも同じことか。
勝手にイメージを膨らませておきながら、いざそのイメージが崩れた途端、相手に対して不満を言い出すのだ。
きっと彼らは××の要素が強いのだろうな、と私はぼんやりと思う。
案外本質は協調タイプで、実生活では常に空気を読むことを心掛けているが、実は××の要素を核として抱えているから、こうした場で鬱憤を晴らしているのではないか、と。
かくいう私も本質は協調タイプだが、やはり核には違うタイプ(色)を持ち合わせていることを自覚している。
その色が表面化することは少ないけれど、いざという時には前面に出てくる「守護神」のような存在であり、この色を持ち合わせているからこそ今の自分があると自負している。
尤も、大抵の人は「そうした一面」を自覚していないだろうし、場合によっては抑圧している可能性も高い。
故に、一度表面化したそれは制御不能となり、最悪暴走列車となって周囲を掻き回すのだ。
そう考えると、先日某ブログで見かけた炎上騒ぎも「抑圧された何か」を刺激したが為に起こった出来事だと考えられる。
己の言動がどれほど傲慢で恥ずかしいものであるかを自覚していないからこそ、口汚く相手を罵れるのだ。

ファン心理というもの。(偏見に満ちた戯言)

ヲタクと呼ばれる人の話を、昨日書いた。
自分なりに言葉を選んだとはいえ、少しオブラートに包み過ぎたようだ。
ということで、今日は少し踏み込んだ話でも。
昨日の時点でも書いたが、借金をしてまで自分の趣味にのめり込む気持ちは正直理解出来ない。
何かに没頭すること自体は素晴らしいことだが、結果的に生活そのものが破綻してしまうのは本末転倒であり、あくまで日々の彩りとして楽しむべきものと私は考える。
それはアイドルに対しても同様。
ともすれば自分勝手な幻想を彼らに押し付けがちだが、それは或る意味彼らの人格を全否定するものであり、「アイドルだから」という理由で一定のイメージを保ち続けることを強要することほど傲慢なことはない。
勿論、それがプロ意識だと考える人もいるだろうが、24時間ペルソナをつけることで人格を壊すくらいなら、せめて人目につかないところで思い切り羽目を外してくれれば…と願わずにはいられない。
ところで、昨日取り上げた映像を見た時に感じた不快感は「衣食住を犠牲にしてまで、好きなモノにお金を費やす」人々が少なからずいることを見込んで、商売を立ち上げる人々の存在だ。
アイドル産業然り。
メイドカフェ然り。
アニメ業界ももしかしたらそうかも知れない。
ヲタクたちが好むものを提供しているだけ…と反論されそうだが、彼らの心理を巧みに操れなくては商売は成り立たないだろうし、そういう意味では極めて冷静な視点で彼らを見ているに違いない。
もしかしたら鼻先で嗤っているかもしれないのだ。
尤もファン心理そのものが相当歪んでいるのも事実であり、それこそ自分たちの思うような演出がなされなければTwitter等で口汚く罵る。
客観的な視点が欠けているから、ブログ等を通じて自分たちの不満を吐き出し、その不満を共有することでファン同士の結束を強めている。
かくいう私も偏見に満ちた人間の一人であるが、少なくとも他人様と共有出来るとは思えないし、仮に共有されたとしても戸惑うに違いない。
これでも協調タイプの端くれなのだが、心底つるむのが苦手らしい。
自分にとってどうでもいいことなら合わせることも出来るが、そうでないことに対してはあくまで我を通すし、時には一人背を向けて歩き出すことも。
それが生まれ持った資質なのか、はたまた幼少期の記憶に起因するものかは定かではないが、ある特定の色が突出して強いことが影響しているのは確か。
ま、昨日の文章を読む限りでは「何処を切っても、協調タイプ」なのだが。
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